江戸時代の大分の飛び地(他国領)に関する資料はないか。

飛び地とは、本国から離れている領地のことです。旧藩時代は、領地が複雑に交錯していたため、県内の各藩とも、大概飛び地を持っていました。ここでは、他県の藩が持っていた、大分県内の飛び地(他国領)を紹介します。

大分県には、肥後領、延岡領、島原領の飛び地がありました。

  • 肥後領: 大分郡・海部郡・直入郡
    慶長6年(1601)、加藤清正に肥後国のほぼ一円が与えられたとき、この地は肥後藩の領地となりました。寛永9年(1632)、加藤氏は改易されましたが、明治に至るまで、その後入封した細川氏の領地でした。肥後からの参
    勤交代のため、直入郡久住から大分郡野津原・三佐に至るまでの通路沿線に集中しています。
  • 延岡領: 大分郡・西国東郡・速見
    正徳2年(1712)、牧野成央(なりなか)が延岡に転じた際、豊後国内に約2万石を分与されました。延享4年(1747)、牧野氏は常陸国へ転じ、その後を内藤氏が受け継ぎ、明治まで及びました。
  • 島原領: 豊後国東郡・豊前宇佐郡
    寛文9年(1669)、松平忠房が島原に転封されたとき、豊前・豊後に島原領が設けられました。以後、松平氏は明治に至るまでこの地を治めました。


それぞれの所領の詳細は、『二豊小藩物語 下巻』で知ることができます。また、『大分県旧藩領域図 全』(郷土史蹟伝説研究会 1938年 K205/TO73)、『角川日本地名大辞典 44 大分県』(角川書店 1980年 K290.3/KA14/44)には旧藩時代の図があり、飛び地を目で確認することができます。

参考資料

  • 『二豊小藩物語 下巻』狭間久 大分合同新聞社 1976年(K205/H35/下)
  • 『大分県の風土と沿革 沿革篇』半田康夫,富來隆 大分大学社会科研究会 1956年(K201/H29)
  • 『大分県の歴史』渡辺澄夫 山川出版社 1984年(K201/W46)
  • 『大分県の歴史と文化』毎日新聞社 1961年(K201/MA31)

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