大分県の竹細工は別府地域の工芸品として全国的に知られています。『日本書紀・景行紀』には景行天皇九州征伐の帰りに別府に寄った際、お供の台所方が良質の竹の多いことを発見して、茶碗かごをつくったことが別府竹細工のはじまりとされています。
別府の竹製品は温泉湯治客の滞在中の台所用品、土産物として全国に広まっていきました。明治期にはいると、政府の殖産興業政策によって、明治35年2月に別府徒弟学校が創立し、「竹かご科」など5科の技術指導がおこなわれました。卒業生等は、別府の竹工芸を大衆的工芸とは別の美術工芸へと開拓していきました。
昭和43年に、別府市の生野祥雲斎が竹工芸では初めての人間国宝となり、別府竹細工が全国的に工芸品の名声を得ることになりました。昭和54年には別府竹細工が国の伝統的工芸品に指定されました。竹細工について書かれた子ども向けの資料は参考資料で紹介しています。
竹細工について書かれた資料はたくさんありますが、子ども向け資料となるとあまりありません。参考資料で紹介した資料は、写真が多く、ルビをふってあるものが中心ですので小学生から大人まで利用できます。